最高の朝飯(俺)
俺はどこにでもいるごく普通の朝飯だ。イケメンでもないし、女の子にもモテない。
なにせ、見た目は湯気の立った白米に、焼き立ての紅鮭、子供が嫌がるほうれん草のおひたしに、わかめと豆腐だけ入った味噌汁、ときている。
な、普通だろ?
俺は今まで、その身の丈に合った生活をしてきたつもりだ。毎朝、俺を作るのは70歳を過ぎた婆さんで、俺を食べるのはその婆さんと、仏壇に祀られてる爺さんだけだ。
ちょっと侘しい生活かもしれねえな。
俺だって、婆さんが入れ歯を使って食べにくそうにしてるのを見ると、切なくなっちまう。けど婆さんはどんなに時間がかかっても、俺を残さずに最後まで平らげちまうんだ。そりゃあ、俺だって朝食冥利に尽きるってもんだ。
何が言いたかったかっていうとつまり、俺は俺の朝食人生に満足してたってことなんだよ。他の奴に食べてもらいたいわけじゃねえし、味噌汁の具を増やしてくれ、だとか、ないものねだりをする気はなかったんだ。
でもな、運命ってやつに出会っちまったんだよ。
その日、婆さんはいつものように俺を食べようとしたんだが、ちょうどそこに客が来ちまった。たぶん、地域の集まりとかそんな感じの要件だったと思う。婆さんは適当に話を済ませて、すぐに戻るつもりだったんだ。
けどよ、年寄りの話ってのは長いもんだ。
そのときの客は婆さんよりもう10年くらいは年寄りの婆さんだったんだが、話しだしたら止まらねえんだ。それで自分より年上の人間の話を遮ることもできなくて、婆さんはつい最後まで話を聞いてしまった。気づいたらとっくに昼飯の時間だったってわけさ。
当然だけど、俺の味噌汁はとっくに冷めてたし、ご飯なんか固くなっててひどい有様だったわけよ。
ところで俺は昼まで食べ残ったままでいることがなかったから、この日まであることを知らなかった。
この世の中にはなんと、昼飯というものがあったんだ!!
そりゃあもう、カルチャーショックだったね。
しかもなんと、昼飯は近所に住んでた婆さんの娘さんが作ってきてくれてよ。使われてる食材やら調味料やら、俺とは比べ物にならないくらいいろんな種類が使われてた。俺もよく知ってる白米や味噌汁だけじゃなくて、ミートボールとかサラダとか、洋風のメニューも混じってて、俺にはすっごく眩しく見えたね。俺なんかもう、ご飯固くしたまま、台所で小さくなってるしかなかったさ。
それで、俺と昼飯はテーブルの上に一緒に並ばされるわけ。俺はもう、このときだけは食わずに捨ててくれって思ってたね。
その日は娘さんも一緒に俺らを食べたわけだけど、婆さんは豪華な昼飯を少しだけ食べて、俺にばっかり手を伸ばすわけ。俺はもうますます惨めになってさ。
こんなん昼飯にも申し訳ねえなって思って隣を見たら、昼飯はなんかすごく優しそうな湯気を立てて、2つのミートボールを俺の方に向けてた。
「昼飯の邪魔をしちまったな」
って俺が味噌汁をちゃぷちゃぷさせると、
「そんなことないわ」
って昼飯も味噌汁をちゃぷちゃぷ言わせた。
それでもすっかり落ち込んでた俺は、
「ひどい姿だろ。こんな飯と一緒に並んでたら、君まで不味く見えちまうんじゃないか」
とふてくされたような態度で言っちまった。けどそのとき昼飯がこう返したんだ。
「あなたはとても栄養バランスが整っていて、きちんと手間のかかった朝食よ。私が今まで見てきた中の、どの朝食よりも豪華だわ」
そのとき、茶碗ごと包丁で貫かれたような気分になったね。一瞬のうちに、いろんな考えが溢れそうになった。俺は朝飯として胸を張っていいんだとか、この子は見た目じゃなくきちんと栄養バランスを見てくれるんだ、とか、俺はなんてちっぽけなことを気にしていたんだろう、とか……それにこの子は、作った人の手間と苦労を知っているいい子なんだなあ、とか。
つまり俺は、この一言を聞いて彼女に恋をしちまったんだ。
その日俺は、どんなに時間が経っても最高の朝飯でいることを誓った。
今度彼女に会うときは、出来たてほかほかのつやつやした白米姿を見せたい。味噌汁だって紅鮭だって、温かい方がいい。そのために俺は、常日頃からラップフィルムを被るようになった。婆さんは慣れない手付きでいつもそれを手伝ってくれた。食器も電子レンジ対応に変わって、俺はいつでも温かくなれる最高の朝飯になった。今はそんな俺を、婆さんが美味しそうに食べてくれる。それは何にも代えがたい最高の幸せだ。
なあ、昼飯。
いつかまた会えたら、生まれ変わった俺を見てほしい。今度は君の横で胸を張って、堂々と並んでみせるから。
(2019.01.26)